2008年4月27日日曜日
『L・O・D ~ある冒険者の受難~』 後編
「じゃ、俺は、ここで退くよ。貴方も御武運を!」
それは、冒険者が冒険者に対し捧げる儀礼である別れの挨拶。
「はい、御武運を!」
そう返す女魔導師に手を上げて応え、俺は、街に戻る為、ヴァレンシアに《転移の導き》を発動するよう合図する。
「あっ! ちょっと、お待ちを!」
何かを思い出したように、彼女が慌てて俺を引き止めた。
如何したのかと怪訝そうにする俺に対し、彼女が苦笑に似た微笑を浮かべる。
「まだ、お名前を訊いていませんでしたね。私は、レイティアです」
告げられた彼女の名前に、俺は少なからず驚かされる。
「レイティア、・・・あの《闇の御子姫》か!」
《闇の御子姫・レイティア》、《魔刃皇》の英名を以って知られる《闇の神将・クアド》と共に双璧を成す《力威の闇》が誇る最強の魔導師。
戦場に於いてその姿を見た敵が辿る末路から、彼女に付けられたもう一つの異名は、『死を狩る魔女』。
この世界に於いて身体的制約により成長の障害を受ける女性の身にありながら、魔導師の最高位に在る《魔司(ルーン・マスター)》と成り得た二人の存在の一人。
世界で唯一人、自らの力のみで《魔導皇の試練》と呼ばれる難関に挑み、それを果たした存在、それが彼女である。
もう一人の《魔司》である者、《雷斬りの雷聖》がパートナー、《純白の魔女神・雪華》が努力を極めた天才であるなら、彼女は、天性の才に恵まれた異彩の天才であった。
その正体を教えられた今ならば、先刻、彼女が見せた卓越した戦い振りも容易に納得できる。
「はい。『その』レイティアです」
恭しくも気品に満ちた返答の言葉。
そこには、《闇の御子姫》と呼ばれる者に相応しい冒し難き誇りが存在していた。
「俺の名は、ナタルス。唯、それだけの存在だ」
それは彼女が示した態度に報いるのには、多少に過ぎて不躾な言葉だったが、相手の正体に怖じて自分の態度を変えては、それこそ《怖れを知らぬ者》としての名折れである。
レイティアは、そんな俺の態度に気を悪くするでもなく、唯、感歎の表情を浮かべた。
「自らの死をも恐れず、強敵を求めて戦場を駆ける貴方の勇敢なる戦い振りは、私も幾度と無く噂に聞いていました。こうして思いがけずしてお会いしたのも何かの縁です。その縁により、再び何処かの戦場でお会いする事もあるでしょう。私は、その時を楽しみにしています」
彼女が言う戦場での再会、それが味方としてか、或いは、その逆かなのかは分からない。
しかし、その何れになるとしても、俺の中で彼女に対し返す言葉は既に決まっていた。
「ああ、俺も貴女との再会の縁を楽しみにしているよ」
俺が告げたその言葉に、レイティアは微笑みで応えた。
「では、御武運を!」
「はい。名残惜しいですが、御武運を・・・」
そうして互いに再びの挨拶を交わし、俺と彼女は別れる。
「・・・『名残惜しい』か」
レイティアが別れの前に口にしたその美しい響きを持つ言葉を反芻しながら、俺は、彼女の本質が《力威の闇》という意志に求めるモノに興味を感じていた。
後にして思えば、その本質こそが約束された再会の末に、俺と彼女達との運命を分かつ原因だったのかも知れなかった。
そう、このレイティアとの出会いは、俺にとって、『運命』の始まりを示す出来事の一つであった。
そして、俺にとって、『受難』と呼ぶべき『運命』の再会は、図らずとも直ぐに訪れるのであった。
『ナタルス! ナタルス! とんでもない敵が現れて、このままじゃ、こっちは総崩れよ! 早く、来なさい!』
それは、交わした約束を守って《秩序の光》サイドで戦う俺に対し、シェリアからもたらされた救援の命令。
それにしても、《英戦の戦乙女》をして、『強敵』と言わしめる相手とはどんな存在なのだろうか。
俺は、湧き上がる歓びの闘志に、シェリアの傲慢すら意に介さず、自らの戦場を求めて走った。
「シェリア、敵はどこだ!」
ヴァレンシアを従え、目的の戦場へと躍り出た俺は、そこに戦友の姿を見つけると、敵の姿を求めて叫ぶ。
「ナタルス!」
「ナタルス!?」
戦場に相対する両者が、同時にして全く別の感情が込めて、俺の名を呼んだ。
味方の救援に歓喜するシェリアと敵の新手出現に驚くレイティア。
「レイティア・・・」
俺は、敵として倒すべきその存在を前にして、僅かではあるが動揺していた。
「ナタルス・・・」
そして、一方のレイティアも又、俺以上に動揺していた。
「・・・?」
互いに視線を交えて微動しない俺とレイティアの姿を前に、シェリアが戦うのも忘れて訝しげな表情を浮かべる。
そんな三竦み状態を、レイティアを取り囲む《秩序の光》に属する者達の威勢の声が破った。
「《闇の御子姫・レイティア》、消えてもらうぞ!」
前衛に五人の戦士、後衛に四人の魔導師。
それに対し、レイティアの周りに味方の姿は無く、正に孤立無援の状態であった。
・・・マズイ!
それは、レイティアの窮地に対してでは無く、彼女の怖しさを知らぬ者達の無謀に対する思いであった。
『《魂凍える霧氷》!』
それまで抱いていた動揺など微塵も感じさせず、レイティアは、その攻撃魔法の一発で自らに迫る敵を退ける。
「流石は、《闇の御子姫》、死を狩る魔女』という異名は伊達じゃないわね」
味方の惨敗を目の当たりにして正気に戻ったシェリアの口から、賞賛にも似た感歎の言葉が洩れた。
「こうなれば、何としても私と貴方の二人であの『魔女』を止めるわよ、ナタルス!」
シェリアは、自らが口にしたその言葉の覚悟を示すように、得物である厚刃の大剣を握り直す。
「如何したのよ、ナタルス。呆けてる場合じゃないでしょう。戦わなければ、ヤラれるわよ!」
未だ戦闘態勢を取らない俺の様子に焦れたシェリアが、促す様に叫んだ。
「・・・」
それでも俺は、無言のままで動けずにいた。
「ナタルス、まさか貴方、又、約束を破る積りじゃないでしょうね!」
業を煮やしたシェリアの一喝が、俺に覚悟を決めさせる。
「済まない、レイティア。戦場で敵として出合った以上、俺も退くわけにはいかないんだ」
俺は、自分に言い聞かせる様に、レイティアへの宣戦を口にして、得物である長剣を構える。
「ヴァレンシア、何があろうとも一切の支援無しで構わない。分ったな」
それは俺にとってのレイティアに対するケジメであった。
『はい。了解しました、マイ・マスター。御武運を!』
ヴァレンシアの返事を背中に受けて、俺は、レイティアとの間合いを更に詰める。
「彼女は俺が倒す。シェリア、お前も一切の手出しをするな」
「分った、頼んだわよ!」
シェリアは、俺の言葉に頷き応えると、俺の背後へと退いた。
何の因果の導きに因るものか、俺とレイティアは敵と味方に別れて対峙する形で再会を果たす。
「これも又、宿命か・・・」
応えを求める訳ではなく、唯、独りごつる様にして、最後の覚悟を決める俺。
そんな俺の姿を見詰めるレイティアの表情が一瞬にして曇る。
それは、今にも泣き出しそうな顔であった。
「・・・ヒドイ、です。私の『夢』が叶うよう応援してくれるって言ったのに・・・。一緒に、世界制覇してくれるって言ったのに!」
「えっ!」
「えぇーっ!」
レイティアの口から語られた言葉に対する俺の驚きを、シェリアが発した驚きの声が掻き消す。
俺は思考を高速回転させて、レイティアに対する自分の言動を顧みた。
確かに、多少の差異が存在するが、語られた言葉の前半部分は事実と言えた。
しかし、残る後半部分は明らかに根も葉もない事実であった。
《闇の御子姫》たる彼女が抱く『夢』の正体が、《力威の闇》が勝利し、この世界の覇権を掴む事であることは、今なら推測できる。
だが、それを踏まえたとしても、今の状況たる誤解の原因は、彼女自身が行った都合の良い脳内変換に拠るものだ。
「ねぇ、ナタルス。それ、本当なのかしら?」
その問い掛けと共に背後に生まれた殺気の存在に、俺は、自らが置かれる状況が悪化の一途を辿っている事を思い知る。
・・・マズイ、ここで下手な返事をしたら、殺られる。
『それが本当なら、殺す!』というシェリアの無言の威圧をひしひしと感じる中、俺は、この窮地を打開する為に思考を回らす。
・・・そうか、ヴァレンシアだ!
起死回生の術を見い出した俺は、ナビに打開の為の支援を求める。
「頼む、ヴァレンシア、お前の口から誤解を解いてくれ!」
それで全てが解決する。
そう確信する俺の想いは、次の瞬間、空しく潰えた。
『マスター、如何なる状況になろうとも一切の支援は無用というご指示では? これもまた一つの試練です。御武運を!』
・・・うわぁーっ、そう参りましたか!
清清しいまでの表情で、『試練』という悟りの一言を告げる融通知らずのナビを見詰め、俺は、脱力を覚える。
「ナタルス!」
「ナタルス・・・」
シェリアとレイティアの二人が、俺の名前を呼んで応えを促す。
烈しい憤怒のシェリアと縋るようなレイティア。
その二つの視線に板挟みにされ、俺は、最後の手段へと及ぶ。
そう、それは、偉大なる先達が残した究極の危険回避の術。
『三十六計逃げるにしかず』
「時に戦いの場より退く事は、卑怯に非ず。という訳で、ここは退却あるのみ! 退くぞ、ヴァレンシア。着いて来い!」
俺は、そう言い放つと一気に真横へと走り出した。
自慢じゃないが、戦場で機敏に動くべく、鍛えに鍛えた俺の脚力は生半可では無い。
それは、当然の事ながら、重装備に身を包んだシェリアや、身体能力で劣るレイティアの到底及ぶ所ではなかった。
否、その筈であった。
しかし、俺の思惑は見事に裏切られる。
「待ちなさい、ナタルス!」
「逃がしはしませんよ、ナタルス!」
・・・えっ!
背後から聞こえるその声に、俺は自分の耳を疑った。
首だけを廻らし背後を見た俺の瞳に、大剣をブンブン振り回し疾駆するシェリアと、絶えず魔導を発動させ続けて飛翔するレイティアの姿が映る。
・・・嘘、マジですか!
俺は、《英戦の戦乙女》の体力と《闇の御子姫》の魔法、そのどちらに対しても見誤っていた自分の愚かさを思い知らされる。
・・・というか、アレは正直、反則だ。
「こうなったら仕方が無い。遣ってやる!」
俺は、《怖れを知らぬ者》という自らの異名に相応しく、ブチ切れる。
一瞬にして、それまでの疾走の勢いを殺した俺は、振り向き様に彼女達へと身構えた。
楽に勝てる相手では無い事、否、荷が勝ちすぎる位の相手である事は分かっていたが、俺の心に怖れは無かった。
そして、その戦いの幕は開かれた。
俺は、この時の戦いの記憶を持っておらず、ナビであるヴァレンシアも何が在ったのか覚えていなかった。
シェリアは、思い出すのも悔しいのか顔を真っ赤にして口を閉ざし、レイティアは、まるで夢見心地の夢遊病状態でまともな説明をしてくれなかった。
俺は、その異常な記憶喪失状態の中で、唯一の記憶として、あの剣士の存在がそこにあった事だけは覚えている。
そう、それは、《雷斬りの雷聖》という存在の事である。
まあ、そこで何が在ったかなんて事は如何でも良い。
今考えるべき事は、この身に降りかかる受難を如何するかだけである。
「ナタルス、今日こそは、決めてもらうわよ!」
「そうです、ちゃんと宣言してください。私と共に『夢』をかなえると!」
・・・嗚呼、無情かな我が人生。
「悪い、俺は俺らしく生きるから、諦めて俺を自由に生きさせてくれ!」
俺は、これまでに何度も繰り返したその言葉を言い放ち、彼女達二人と対峙した。
この受難が、俺に宿命付けられた『試練』なのだというのならば、俺は、その宿命たる『運命』に何処までも逆らってやろう。
そう、俺は何時でも自由で在り続ける事を、この世界に望んだのだから。
『L・O・D ~ある冒険者の受難~』 前編
その受難の原因を一言で語るならば、それは『口は災いの元』なのだろうか。
俺が住む世界である『神蒼界』、そこでは今、《秩序の光》と《力威の闇》という二つの勢力が互いに争っている。
そして、冒険者という因果な生き方を選んだ俺も又、そこで傭兵の真似事をしながら、日々の暮らしを凌ぐ身分であった。
正直な事を言ってしまえば、俺にとって二つの勢力のどちらが世界の覇権を握るのかは、些細な問題であった。
戦場という熾烈な舞台で強い奴を討ち破る。
それこそがこの歪んだ世界に於いて、俺が唯一の生き甲斐とする事だった。
そして、その為だけに俺は、戦士として自らの力を磨き上げてきた。
常に戦いの場所を求め、節操も持たず、請われればどちらの勢力にも味方する、そんな戦狂いの俺を、他者は何時しか皮肉を込めて《怖れを知らぬ者(ベルセルカー)》と呼ぶようになった。
それは言うならば、『運命』と呼ぶべき出会いであった。
俺は、その時、自らが好み誉れとする戦場の先駆けを以って、存分に暴れまくった高揚感に駆られるまま、魔物討伐の依頼に挑んでいた。
その異形達との戦いの最中、周囲に生じた異変の空気を感じ取った俺の耳に人間の悲鳴が聞こえた。
それまで俺を相手に戦っていた魔物を含めた、その大半が突如、群れを成してある一箇所を目指し走り出したのである。
そして、その明らかな異変の中心に、俺が聞いた悲鳴の主がいた。
何が起きたのかは分からなかったが、俺には、何をするべきかが分かっていた。
俺は、相棒であるナビを連れて、迷う事無く、敵の群れへと突進する。
『《戦神の加護》! 《猛々しき剛腕》! 《堅き護りの盾》!』
俺のナビであるヴァレンシアは、俺の指示を受けるまでも無く、絶妙のタイミングで戦闘補助の魔法を連続発動させた。
「《狂乱の殲滅刃・改》!」
俺は、《力持つ真名》を気合いに代えて叫び、極限まで練り上げた氣の刃を魔物達の群れへと振り放つ。
俺が誇る戦技によって発生した無数の練氣刃は、ヴァレンシアの魔導の加護を受けて、その威力を更に高めながら前方にいる敵の一群を斬り裂いた。
そして、狙いに違わず進む道を斬り開いた俺は、そのまま一気に魔物達の群れへと突撃した。
当たるを幸いとばかりに、敵を得物である厚重ねの長剣で次々と討ち倒す俺の瞳に、敵のど真ん中で巨大な獣と戦う女魔導師の姿が映る。
目の前の敵である巨獣と互角に渡り合い、更には、群がる魔物達までをも連続詠唱による攻撃魔法で退け続ける女魔導師。
彼女の鮮烈な戦い振りに、俺は、不覚にも一瞬だけ見蕩れてしまった。
『《魂を縛める呪縄》!』
敵の自由を奪うべくヴァレンシアが唱えた魔導発動呪文の声で、俺は、正気に戻る。
『《狂戦士の乱舞斬》!』
俺は、《力持つ真名》によって引き出された力の充足感に高揚を覚えながら、周囲に群がる敵を斬り裂いていった。
幸いにも、倒した魔物達の屍から流れ出る血の匂いに誘われて新手の敵が現れる事は無く、俺達の周りに在った魔物達の数は確実に減っていった。
俺が、群がる敵を屠り終えた時、件の巨獣を相手にした女魔導師の戦いにも決着が着こうとしていた。
『《アルティメット・フレア》!』
《力導く言葉》である魔導発動呪文の詠唱を果たすと同時に、彼女が解放した魔力の烈光が巨獣の身体を灰燼に帰した。
「おめでとう!」
俺は、彼女の見事な勝利に、敬意を込めて祝福の言葉を投げ掛ける。
それに対し彼女は、深く息を吸い込みながらの微笑で応えた。
「ありがとうございます。貴方が助力してくれたお陰です。本当に助かりました」
深呼吸で心を落ち着けたのであろう彼女の口から、俺に対する感謝の言葉が告げられる。
彼女が示した実力を考えれば、余計な手出をしたと責められる可能性も考えていた俺は、素直で丁寧な感謝の言葉を告げられて安堵した。
「否、寧ろ、余計な手出しだったのでは?」
俺は、相手の誇りを傷付けて要らぬ争いの種としないようにと、一歩身を退いた返事を返す。
「いえ、本当に危ないところでした。貴方が助けてくれなければ、精神がオーバーヒートして気絶するか、敵を凌ぎきれずに餌食となっていました」
彼女が示すその態度に、俺は、慇懃に振舞い過ぎた事を反省する。
「本当、自分に慢心して無理をし過ぎたみたいです。助けて頂いたお礼として、これは是非、貴方が受け取ってください」
彼女はそう言うと、自らの戦利品を俺に差し出す。
それは、倒した巨獣の皮衣であった。
俺には、その使い道は勿論、どれ程の価値を持つのかも分からない代物であったが、巨獣が誇った強さを考えれば、その希少性からかなりの価値が在るモノだとは分かった。
それを欲しく無いと言えば、嘘になる。
しかし、俺にも意地や誇りが在った。
「ありがとう。でも、それを受け取る訳にはいかない。俺は剣士だから、自らの剣で勝ち取ったモノしか自分に受け入れられないんだ」
我ながら、詰まらない意地に拘った格好の付け方だと思う。
だが、それを譲ったら、前に進めなくなる事を俺は知っていた。
否、正確には、或る存在によって教えられた。
だから、俺は、自らの力で望むモノを掴み取る為、傭兵として戦場に身を置き、その修羅の道に強さを求める事を選んだ。
「そうですか。如何やら、余計な気の使い方をしてしまったみたいですね」
そう口にして、彼女は、済まなそうな表情を浮かべた。
「俺こそ、折角の申し出に、妙な意地を張ってしまって済まない。如何か許してくれ」
俺は、彼女の示す態度に如何応えれば良いか分からず、苦笑混じりに詫びた。
「良いのです。そういう意地も素敵だと思いますから」
その表情を柔らかな笑顔に変えて、彼女はそう呟きを洩らした。
「そうなのかな?」
正直、そう素直に言われると、俺としては困惑するしかなかった。
「はい。私にもそれと似た意地というか、如何しても叶えたい目的みたいなモノがありますから」
「そう、なんだ」
彼女が口にした言葉と共に示す強く真直ぐな意志に圧されて、俺は、戸惑うように相槌を返した。
「そうです。だから、私は、今よりもずっと強くなりたくて、それに少し焦っているから、自分に先刻みたいな無理をしてしまうんだと思います」
「そうか、俺にも貴女と同じ様な自分の『夢』に焦る想いがあるから、その気持ちも少しだけ分かる様な気がする」
彼女が抱く想いの熱に浮かされ、俺の心は、この世界に抱いた『夢』を思い出す。
それは、自分の心に刻み込まれた『屈辱』という傷から流れ出る血を拭い去り、その傷痕を癒す事であった。
その『屈辱』の傷を俺に刻み込んだのは、《雷斬り》の異名を持つ者。
それは、自らの力に己惚れた俺に、未だ癒せぬ傷と引き換えに剣士の誇りを示し教えた存在でもあった。
与えられた完全な敗北という事実以上に、その戦いの末に彼へと抱かずにはいられなかった想いこそが、俺にとって何よりも屈辱であった。
それは、畏怖であり、狂おしいまでの嫉妬と羨望であった。
俺は、彼の持つ強さに狂わされ、その畏怖に縛られる事によって、それ以外の怖れを知らぬ者となった。
「貴女の『夢』、叶うと良いな」
それが如何なるモノかは分からなかったが、俺は、同じ『夢』に焦がれる者として、真摯な想いでそう告げる。
「ありがとうございます。貴方も抱いた『夢』を叶えてください」
俺が告げた言葉に、何故か彼女は、熱っぽい眼差しで応えて、照れたように微笑を湛える。
彼女が示す感情の理由が分からず困惑する俺の思考を、ヴァレンシアの言葉が現実に引き戻した。
『マスター、《伝信の腕輪》が反応しています』
魔導の力を用いて遠く離れた相手に自分の言葉を届ける道具であるそれは、戦いに生きる者にとって、仲間との連携を保つ為の命綱という役割を持っている。
しかし、それも弧高の人間を気取る俺にとっては、無用に近いモノであった。
「戦場以外で鳴るとは珍しいな」
実際は、音を出して『鳴る』モノでは無く、振動で反応する道具だが、俺を含めた多くの人間が『鳴る』と表現していた。
『誰』からかなんて考えるまでも無く、相手の予想は出来ていた。
そして、それは予想通りの相手からであった。
『ちょっと、何してたのよ。ずっと呼んでたんだから!』
俺が話しの中断を女魔導師殿へと断わって腕輪の魔導を発動させると同時に、その存在は、開口一番で不機嫌に苛立った言葉を投げ掛けてきた。
その態度に俺は、一瞬、発動を切断して会話を終了してやろうかと思う。
しかし、それで済む相手でない事は熟知していたので、取り敢えず気持ちを落ち着けて、冷静に応える。
「済まない。俺を慕う可愛い奴らを相手に逢引の真っ最中だったんで、応えるのが少し遅れた」
流石に余り下手に出るのも莫迦らしいので、軽い調子の洒落を利かせた応えを返してやった。
『ふーん。それは、それは、おモテになって羨ましい限りですね、色男!』
「(少しふざけ過ぎたか、益々機嫌が悪くなってるな)」
やれやれ、正直、こういう面倒な流れは嫌いなのだが、仕方が無いのでまともに相手をする事を選ぶ。
「それで、一体、俺に何の用だ?」
下手に誤魔化すより、こうやって本題に入った方が明らかに無難である。
『何の用かじゃないわよ! 貴方、今回の戦いで《闇》の方に味方したんですって! 約束が違うじゃないの!』
「ああ、悪い。向こうに付いた方が報酬と遣り合う面子が良かったんでな。俺としては、十分楽しませて貰ったよ」
この場合の『面子が良かった』とは、敵となる相手の力量が高かったという意味である。
『ええ、そう見たいね! お陰でこっちは、楽勝で勝てるはずの戦いでボロボロよ!』
魔導の力で他者に盗み聞きされない分、直通で頭の中に響くその怒声に、相手の激怒の程が良く分かった。
それにしても、何時もの事ながら、感情が激しいというか良く咆える女だな。
これで付き合いが長くなければ、今頃、戦場で会えば敵味方の関係も無しにマジで遣り合うしかない宿敵同士になっていただろうな。
否、今でもかなり危険な関係ではあるけれど。
とは言え、俺も《怖れを知らぬ者》という異名に掛けて、これしきの事で退く訳にはいかなかった。
「なあ、シェリア。味方の戦力が遥かに優っていた戦いを、高々、俺独りの裏切りによって引っくり返されぐらいで怒るのが、お前の求める『正義』ってヤツなのか?」
『うっ、うぐぅ・・・。わ、私はそういう事を言ってるんじゃ無くて、貴方がした約束の反故という不誠実な行いが許せなくて、それを怒っているだけよ!』
「(おお、明らかに同様しているな)」
俺は、相手の弱点を見事に突いた自分のクリティカル・アタックに、内心で快心の笑みを浮かべる。
そして、止めの一撃として更なる攻撃を繰り出した。
「分かった、シェリア。俺とお前はやはり、戦場に互いの意志を賭けてぶつかりあう宿命にあるみたいだな。だから、次に戦場で相見えたならば、容赦も遠慮も無く、俺に斬り掛かって来れば良い。俺もこれまでの縁を忘れて、本気でお前の相手をしよう!」
『ちょと、ちょっと待ちなさいよ! 何、独りで勝手に格好良く話しを進めてるのよ。私は、貴方と戦いたいなんて言ってないでしょう。唯、貴方に、私と交わした約束を護って欲しかっただけなのよ!』
不思議な事に、このシェリアという女は、俺が話の展開をそっちに持って行くと急に大人しくなる性質をしていた。
それ程までに、俺が敵である《力威の闇》を助ける事が嫌なのだろうか。
流石は、《秩序の光》が誇るファイナル・ウェポンにして、『正義の狛犬』の英名を頂く究極の狂信者である。
正確な事を言えば、シェリアが冠する英名は、《英戦の戦乙女(ヴァルキュリア)》であり、『正義の狛犬』とは、潔癖過るあの女に対し、俺が勝手に付けた仇名だった。
「そうか、それは悪かった。だが、俺は何を言われようとも、今の生き方を変えるつもりはない。強い奴と遣り合う。俺は、それ以外の事に興味なんか無いからな。それが気に食わないのなら、先刻も言った通りにすれば良い」
他の事ならば、多少なりとも譲る気持ちはあるが、これに関しては絶対に譲れない。
それを分からせる為、俺は、強い口調でシェリアへと告げる。
『分かったわ、好きにしなさい。でも、約束は約束。今回の反故にされた分は、次の戦いで必ず返してもらうわよ。それも倍返しで。良いわね!』
シェリアは、俺の言葉を受け入れながらも、自分の主張をきっちり押し付けてきた。
正直、そういった指図を受けるのは好むところで無いが、下手に逆らって面倒が増すのも莫迦らしいので、ここは大人しく引き下がる事にした。
「分かった、分かった。倍返しなんてケチな事は言わず、五倍、十倍の活躍で報いてやるから、精々、派手な活躍が出来る舞台を用意しておいてくれ。じゃ、そういう事で!」
俺は、そう嘯いて会話を終わらせようとする。
しかし、相手がそれを許してはくれなかった。
『ちょっと、待ちなさいよ。貴方、今、何処にいるのよ?』
「『何処って』、そんな事を訊いて如何する積りだ?」
俺は、何か否な予感のようなモノを感じて、尋ね返す。
『勿論、逃げられないように、捕まえに行くのよ』
「(・・・『捕獲』ですか。ちっ、信用無いな)」
相手が本気である事を、十二分に分かっている俺は、本気で面倒な展開になったと内心舌打ちする。
嗚呼、本当に面倒臭い。
それを自業自得と諦められる程、俺の人間性は成熟してはいなかった。
「悪い、シェリア。今の俺に必要なのは、唯一の自由のみだ。次の戦いには、必ず《光》サイドで参戦するから、そういう事で見逃してくれ」
決して束縛される積りはない事を踏まえつつ、相手の行動を制止する為の言葉を告げた。
それで引き下がる相手では無い事は、俺にも分かっていた。
案の定、シェリアの感情が激しさを増す。
『見逃せる訳無いでしょう!』
それは、怒声と言うのも生温い一喝であった。
「何故だ? お前の目的は、次の戦いで俺が《光》サイドに付くと約束した事で果たされた筈。それまでの俺の行動なんて如何でも良い事だろう。逃げたりしないから、疑うな」
節操を持たない俺といえども、流石に約束の反故を繰り返したりはしない。
それが分からないような関係でも無い筈なのだが。
シェリアは、何故かそれでも引く気配を見せなかった。
『如何でも良くないわ! そこいらの女にチヤホヤされて浮かれられて、肝心な所で役に立たないなんて事はごめんなのよ!』
「???」
一瞬、その言葉の意味が分からず困惑する、俺。
しかし、それが先刻の軽口に対するイヤミだという事に気が付く。
「ああ、先刻の『逢引云々』の事を言っているのなら、それは誤解だ。そんな色っぽい話しじゃ無くて、群がる魔物達を相手に大暴れしただけだからな」
俺がそう告げると、シェリアは、妙に安堵した感じで一言、『ふーん』とだけ応える。
「という事で、俺は、疲れた。帰って、寝る」
俺は、これ以上に遣り取りをするのもこりごりで、それだけを告げると、一方的に魔導を切断した。
幸いにも、それ以上の追求は無く、無事に危難は過ぎ去って行った。
2008年4月20日日曜日
『 L・O・D ~ある冒険者の物語・序~ 』
その冒険の始まりは一つの出逢いであった。
嘗て《神》と呼ばれるその存在は、世界に一つの大地を生み、そして、その偉大なる力を示すように新たなる生命を世界に生み出した。
《神》によって生み出された生命の一つにして、『人間』の名を与えられし者は、自分達が生きる美しき世界を『神蒼界』と呼んだ。
しかし、《神》が世界を去り、その存在が神話へと消えた後、世界は在るべき秩序を失った。
ある時、《神》によって生み出された世界に、《神》に逆らう邪悪なる意志が生まれた。
その意志は世界に在る為の器を得て、《邪神》と呼ばれる存在となった。
《邪神》は、自らの邪悪なる意志に従う僕として、《神》へと反逆する生命である《魔物》を世界へと産み落とした。
破壊の力を振るい世界を乱すその存在に対し、《神》の僕である人間達は余りにも非力であった。
世界は《邪神》と《魔物》が支配する絶望によって終焉を迎えるかと思われた。
しかし、世界には、その絶望に抗わんとする意思が在った。
それは、自らの生命をも厭わず、力を求めて危険を冒し、希望の見えない戦いに挑みし者、『冒険者』であった。
彼らは、その心に宿した不屈の意志を武器に、《魔物》達と戦い続け、終には《邪神》を討ち倒し、世界に平穏を取り戻した。
否、取り戻した筈だった。
《邪神》の脅威から解き放たれた『神蒼界』からは、秩序は完全に失われ、そこは力に溺れた者達の意志が支配する世界となっていた。
世界を救った英雄である冒険者達は、その力に溺れた末に《秩序の光》と《力威の闇》と呼ばれる二つの意志に別れ、互いに相争っていた。
二つの意志は、《王》と呼ばれる存在によって統べられ、その思惑の下で世界の覇権を握らんと戦い続けた。
絶える事無き彼らの戦いによって生まれた混乱は、世界に在る多くの人々の意志を巻き込んで更なる争乱を引き起こした。
そして、世界は自らの内に宿した全ての意志に問う。
『汝が求めるのは、《光》か?《闇》か?』と。
『始めまして、御主人様』
その存在が口にした最初の言葉は、そんな穏やかな挨拶だった。
「ああ、こんにちは」
俺は、少し無愛想な言葉を返して、相手の反応を待つ。
『ワタシは、貴方のナビ・パートナーです』
「ナビ・パートナー・・・?」
個々の意味とその組み合わせから、その存在が言おうとしている事は何とはなく理解できた。
しかし、聞き慣れない言葉に戸惑うように、俺は、それに疑問符を付けて反芻する。
『はい、そうです。ワタシは、貴方がこの世界で生きる上での案内を担い、そして、貴方の如何なる冒険の困難にも従う存在です。貴方に絶対の忠誠を誓う従者、それがワタシ、ナビ・パートナーです。如何か、よろしくお願いします。御主人様』
その存在は、そうである事を誇るように語り、恭しくお辞儀をした。
告げられたその言葉とそれに従う態度を、俺は、かなりこそばゆく感じていた。
「うーん、せめてその『御主人様』という莫迦丁寧な呼び方は如何にかならないか?」
決してそう呼ばれる事が嫌いな訳ではない。
寧ろ、そんな風に呼ばれる事は好きなくらいだ。
しかし、初めて会った存在からそう呼ばれるのは、流石に多少の抵抗が在った。
『はい、分かりました。では、何とお呼びすれば?』
そう尋ねられた俺は、自分にしては珍しく理性を働かせて応える。
「俺の名は、エン。だから、そのまま名前を呼んでくれれば良い」
『はい。では、エン様、改めてよろしくお願いします』
「ああ、宜しく・・・」
示された挨拶の言葉に応えようとして俺は、まだその存在の名前を訊いていない事に気付く。
「えーと、キミの名前は・・・何?」
我ながら、間の抜けた尋ね方だと思う。
そんな俺の苦笑交じりの視線を受けて、その存在は、微笑み返す。
『ワタシには、まだ名前がありません。だから、主である貴方がお好きな名前を付けてください』
「うむぅ、そうは言われても急には思いつかないな・・・」
これから先の同行者に対し、いい加減な名前を付ける訳にもいかず、俺は、暫し考え込む。
「(どうせなら、相応しい名前を真剣に考えるべきだな)」
俺は内心でそう呟くと、真面目に遣るべく、目の前にいる対象の姿をじっと見詰めた。
その愛嬌に満ちた姿は、俺の知る限りでは、或る生き物にそっくりであった。
それは、『ネコ』である。
その中でも、シャム猫という種類に良く似ていた。
「(だからと言って、『ネコ』から連想される名前を付けるのは、余りにも安直過ぎて詰まらないし・・・)」
俺は、そんな事を考えながら、ふと別の事を口にする。
「先刻の言葉からすると、キミは、この世界でずっと俺と共にいる存在なのだよな?」
『はい、貴方が必要としてくれる限り、ワタシは貴方と共に在り続け、貴方と共に成長していきます』
「(『絶対の忠誠を誓う従者』としてか・・・)」
返されたその真摯な思いに満ちた言葉に触れて、俺の頭に先刻聞いた言葉が甦る。
そして、俺は、そこから思い浮かんだ言葉を少しだけ捻り、その存在の名前を決める。
「アユラ、だ」
『アユラ、ですか。はい、素敵な響きの名前です。ありがとうございます、エン様』
それは『アズ・ユー・ライク(お気に召すまま)』という言葉を略しただけのモノだったが、喜んで貰えたみたいで何よりだ。
「という訳で、こちらこそ宜しくな、アユラ」
そう告げて俺は、与えられた名前に嬉しそうにしているアユラへと微笑んだ。
『エン様の特性は、均整の取れた身体能力と柔軟な感性だと判断できます。そこから冒険者としての適正を考えると、先ずは戦士か盗賊系統の職業を得て前衛の能力を高め、その後で自分が求める力を持つ存在を目指すのが良いかと思われます』
「戦士に盗賊系か、確かに俺は、考えるより先に身体が動くタイプだし、それが良いかもな」
アユラが指摘する通り、自分の性質を考えれば、後衛に居てチマチマと魔法を唱える魔導師系は余り好みではなかった。
というか、正直、そういうのは何か面倒臭そうだ。
『では、戦士と盗賊のどちらの職業を選びますか?』
「その二つって、実際には如何いった感じで違うの?」
何事も始めが肝心という訳で、俺は、取り敢えずそれだけは確認しておく。
『はい、戦士系は〈戦技〉と呼ばれる近接武具を用いた戦闘重視の技能を中心に獲得が出来、自身を成長させる事で様々な近接武具の装備や戦闘技能を扱える存在に至ります。具体的には、最初の修練を認められると、軽装による身軽さを活かした鋭い技で戦う《フリー・ファイター》。或いは、重厚な装備から繰り出す強力な一撃で戦う《ヘビー・ファイター》の職業を与えられます。そして更に自身を成長させれば、《フリー・ファイター》は、戦いの技を極めた存在である《ソード・マスター》。或いは、〈魔導〉の修練を積む事で、魔法を操る力を併せ持つ存在である《ルーン・ファイター》、強力な威力を持つ近接武具を自在に操る存在である《ナイト》となる事を許されます。《ヘビー・ファイター》は、その修練の末、《フリー・ファイター》と同じように、《ルーン・ファイター》と《ナイト》となる資格を与えられます』
「うむぅ・・・、ちょっと待った。その二つの職業を較べたら、選択肢が多い分、《フリー・ファイター》の方が良いんじゃないか?」
俺は、アユラの説明にそんな疑問を抱き、その事を尋ねる。
『はい、確かにそうです。しかし、《フリー・ファイター》は、扱える初期近接武具の種類にある程度の制限を受けるのに対し、《ヘビー・ファイター》には、その制限が存在しません。それに加え、二つの職業には、最終的に至れる最高位の職業に於ける制限が存在します。全ての戦技を極める事が可能な純然たる戦士の最高位に位置する《マスター・ファイター》には、《ソード・マスター》を経た者のみが至れますが、それとは逆に、《ソード・マスター》となった者は、戦士としての力に高位魔導を操る力を併せ持つ存在である《ホリー・ナイト》に至る為の資格を得られません。《ヘビー・ファイター》は、《ナイト》を経る事によって、《フリー・ファイター》と同様に、《神》の加護を受けた強力な攻撃を繰り出す存在である《パラディン》へと至れるだけではなく、全ての近接武具を操り強力な戦技を誇る存在である《マスター・ナイト》に至る資格を得られます』
「要するに、最終的な目標として《マスター・ファイター》を目指すなら、最初に《フリー・ファイター》を選ぶ必要があるという事か。でも、それなら最初に《フリー・ファイター》を選んでおけば、最終的にはどの職業にも至れるだろう?」
そう考えれば、又、話しが元に戻ってしまう。
『はい、そうですが、最高位の職業へと至るまでに、如何なる道を歩くかによって、培われる戦闘能力や獲得できる戦闘技能に幾らかの差が生じます。それに、選んだ職業のみに限らず、選んだ戦い方によってもそこに多少の差を生じる事となります』
「戦い方?」
『はい、そうです。それは言い換えるならば、この世界でどの様に生きるかの差とも言えます。力を求めて己を磨く事のみを選ぶ者。世界を深く知る為に冒険の旅を求める者。或いは、自らの求める『夢』を探す為に生きる者。其々が持つ様々な個性によって、千差万別の生き方が此処には存在します』
アユラは、そこまで語ると一端言葉を切り、閉じた瞳と共にゆっくりと息を吸い込んだ。
そして、その瞳を静かに開くと、そこに深い想いを込めた色を宿して、再び語り始める。
『《神》と呼ばれる存在が去り、この世界から秩序と平穏は失われました。しかし、それでも尚、生きる為の自由は在り続けています。だから、エン様。貴方は、この世界を自分らしく生きてください。ワタシは、貴方が抱くその意志を護り支え続ける為に存在しています』
その言葉に俺は、目の前にある存在が『ナビ・パートナー』と呼ばれる意味を理解した。
「ありがとう、アユラ」
アユラが示した想いを受けた俺は、素直な気持ちで感謝の言葉を紡ぎその頭を撫でる。
それに対し、アユラは、嫌がる事無く嬉しそうに目を細めていた。
アユラから、もう一つの前衛系職業である盗賊に関する説明を聴いた俺は、戦士となる事を選び、その資格を得る為の『試練』に挑戦する。
それは、《冒険者ギルド》にもたらされた魔物討伐の『依頼』を果たす事であった。
アユラの適切な支援を受けて、俺は、見事に洞窟へと巣食った魔者達の親玉を倒す事に成功する。
そうして無事に課せられた試練を果たした俺は、《フリー・ファイター》となった。
『おめでとうございます、エン様』
晴れて戦士となり、冒険者の一員に加わった俺に、アユラが歓びと祝いの気持ちを込めた言葉を掛けてくれる。
「ありがとう。こうして無事に冒険者となれたのも、アユラのお陰だ」
俺は、感謝の言葉を口にして嬉しさ混じりに笑った。
『エン様、これから先は如何しましょうか?やはり、《秩序の光》か《力威の闇》の何れかの勢力の下、戦場で華々しい活躍を示す英雄となる事を選びますか?』
アユラは、これからの冒険に於ける指針を求め、それを俺に尋ねる。
「否、アフラ。確かにその生き方には、『華』が在る。しかし、そこには、俺が求める『萌え』がない。そう、俺がこの世界に求めるモノ、それは『萌え』だ!」
俺は、そう言い放って、我ながら莫迦な事を口にしたと少しだけ後悔する。
そんな俺に対し、アユラは、困惑の表情を浮かべていた。
「(あーあ、これは呆れられたな。否、それ以上に軽蔑か・・・)」
内心でそんな事を呟く俺に、真直ぐな視線を向けて、アユラが口を開く。
『・・・《萌え》ですか?それは、一体、どの様なモノなのでしょうか・・・?』
その言葉の意味が分からなくて困惑気味に尋ねるアユラ。
俺は、困ったように照れるアユラの仕草が可愛くて、調子に乗る。
「宜しい。アユラ君、キミに『萌え』が如何なるモノであるかを教えてあげよう」
『はい、お願いします!』
嬉しそうな眼差しを返すアユラの反応に、俺は、益々調子に乗って行った。
「『萌え』と言うのは、そう、それは喩えて言うならば、人間にとって最高の嗜好を示す言葉。そして、その言葉を与えられる者にとっては、名誉の極みとなる最高の賛辞だ!」
『それは、とても素晴しいモノなのですね!』
そう口にするアユラの瞳には、感動にも似た感情が存在していた。
「そうだ、『萌え』はサイコぉーに素晴しいモノだ!」
更なる調子に乗った俺は、もう止まらなかった。
「『萌え』の形は十人十色、それこそ千差万別という言葉でも収まり切らない程に多様だ。その事は、俺自身も良く分かっている。それでも、否、それだからこそ、俺は声を大にしてこう主張したい。『ネコ耳メイド服は、漢のロマンだ!』」
思わずそう叫んでいた俺に、周囲の冷たい視線が突き刺さる。
それを反省したときには、もう遅かった。
それは、この世界に於いて俺に対する周囲の評価が完全に大多下がりした瞬間であった。
しかし、それは唯一の存在を除いてであった。
『エン様、ワタシにもその『萌え』はありますか?』
アユラが真剣な表情で尋ねる。
否、寧ろ、それは『真摯』と呼ぶに相応しいモノですらあった。
「ああ、ちゃんとあるよ。そう、俺にとって最高に魅力を感じる対象の『ネコ耳』がな!」
『毒を喰らわば、皿まで』と完全に開き直った俺は、そう言い放つ。
それによって、遠巻きに見る周囲の視線の冷たさが増すが、今の俺にとって、それ自体は大した問題ではなかった。
しかし、それがアユラにまで向けられている事は、正直、忍びなかった。
「済まない、アユラ。キミにまで恥ずかしい思いをさせているな」
冷静になって反省の言葉を口にした俺に、アユラは、キョトンとした表情を返す。
『エン様、如何してワタシに謝るのですか?』
「如何してって、周りの反応が気にならないのか?」
俺は、逆にアユラへと尋ね返した。
『ワタシをワタシ足らしめる根源。その魂と呼ぶべきモノを与えてくれた存在が、嘗て《私》に、自分が好きなモノを好きと言える事は素晴しい事だと教えてくれました。そして、貴方にとっての『萌え』なるモノが、ワタシの身に少しでも存在すると言ってもらえた事は、名誉にして賛辞であり、誇りでもあります』
「『誇り』、・・・か」
『そうです。それが貴方にとっても誇りと呼べる想いであるのならば、貴方はそれを貫けば良いのです。貴方がそれを意志として持ち続ける限り、この世界に於いて、貴方を力で屈する事が出来る者が在ろうとも、貴方の誇りまでも屈する事が出来る者は在りません』
その言葉に込められた深き想いを感じ、俺は、詰まらない事を考えたと反省し直す。
思えば、今、俺の目の前にいる存在は、出逢ったその瞬間から、俺の全てを理解し受け入れる絶対の意志を示していた。
それを俺は、理解しきれていなかった。
俺との間に生じた僅かな沈黙を如何理解したのか、アユラが再び口を開く。
『エン様、この世界は、多分、貴方が考えている以上に残酷で非情な場所だと思います。だからこそ、強くなってください。如何なる意志の前にも、自らが抱いた意志を踏み躙られる事が無いように・・・。そして、ワタシも貴方と共に強くなります』
それは、アユラが俺を想って抱いた一つの願いであり、又、自らに課した誓いであった。
だから、それに対する俺の応えは決まっていた。
「ああ、分かった。一緒に強くなろう」
そう口にした俺は、アユラの信頼に報いる為にも、必ず強くなるという誓いを自分の心に刻み込んだ。
俺の『萌え』話を真剣に捉えたアユラは、世界の何処かに自らの姿を望むままに変える力を持つ《転化の宝珠》という秘宝が存在する事を教えてくれた。
そして、俺は、その秘宝を探す冒険の旅に出る事を決意する。
俺は、当ても無い秘宝を求めるその旅の困難よりも、純真な心を持つアユラと共に進む旅の喜びを自らの胸に抱いて、この世界に生れ落ちた場所である《始まりの街》を後にした。
この先に待ち受ける幾多の試練を前に、俺は、微塵の恐れも抱いていなかった。
それは、アユラという心強い味方の存在があればこそであった。
こうして、後に数奇な運命へと至る俺とアユラの冒険の旅は始まった。
そう、それは正に、俺にとって『運命』の始まりであった。
2008年4月13日日曜日
『M・O・D+えふ~ある冒険者の災難~』 下編
ひとしきり笑い続けて尚、まだ笑い足りないのか必死にそれを抑えながら、彼は言葉を続けた。
「この俺に本気で戦いを挑んだ君達の勇気は、あの《怖れを知らぬ者》の異名を誇るナタルスすら凌ぐ無謀だよ。否、間違いなく、ヤツを超えたな」
・・・それ、全然、褒めていませんよね、ねぇ?
「あのぉ、そろそろ怒っても良いですよね?」
・・・冗談抜きで、否、マジで。
「ああ、好きにすればいい」
・・・そう言われるとこっちも困るのですが。
「しかし、久々に愉快だった」
・・・こりゃ、マジで駄目かもしれません。このヒト。
「少年、そう失敬な事を思わないように。まあ、それは良いとして」
・・・良いんですか?そこを普通に流して。
「本題に戻るとして、今回の問題に於ける君達の処分だが、『不問』という事で良いか?」
「・・・否、それは私たちに訊かれても困るんですが・・・って、えぇーっ!!」
・・・貴方というヒトは、全く以って意味不明な事を・・・って、えぇーっ!
『それで良いんですか!?』
・・・又、ハモった。
「駄目なら、ちゃんとペナルティー考えるけれど、正直、そんな事を考えるのも面倒くさいからな。それに他者の痴話喧嘩に首突っ込んで《恋の守護神獣・兎魔(うま)》に蹴られるのは、俺の趣味じゃない」
・・・だから、痴話喧嘩じゃないと言ってるでしょう。それ、わざと言ってますね。
「あのぉ、面倒ごとは厄介なんじゃ・・・?」
「ああ、それは安易に見逃せばの話だから、そう問題は無いだろう。忘れたのか、この世界に住む者の宿命は、『絶対なる自由』だ。『汝、望むべきを為せ』というその宿命は、《神》が人々に与えた福音であり、そして、呪いだよ」
そう語る彼の瞳に皮肉の色が浮かぶ。
「『呪い』ですか?」
「そう『呪い』だ。望むモノの全てを許す代わりに、そこに生じるモノの全てを受け入れさせる宿命。それは『呪い』と呼ぶほうが相応しいだろう。この世界を統べる《神》は、人々に全ての自由を許した。ならば、君たちが如何なる罪を冒そうとも、そこに確かな想いや意志が存在する限り、それは許されるべきモノだという事だ」
「・・・」
彼が語る言葉を受けて、彼女の表情が僅かに曇った。
「それでは、この世界に秩序は存在しないという事ですか?」
「《使徒》の一人である君がそれを俺に問うのか?」
彼は、彼女の問い掛けに問い掛けで答える。
「それは・・・」
「まあ、良い。それに対する俺の答えは、既に定まっているからな」
そう口にした彼の瞳に再び皮肉の色が浮かんだ。
「『秩序』なんてモノは、時に身勝手な支配の意志を助長する力しか持たないお為ごかしに過ぎない。『力無き正義が理想に過ぎず、正義無き力は暴力に過ぎない』、ならば、『真の正義』とは一体何処に存在し得るモノか。その答えを示した者こそが《マスター・オブ・ドリームズ》たる存在と呼ばれ、この世界に於ける真の秩序を成すのだろう」
「(彼が求める『秩序』とは、今、この世界には存在せず、これから生み出されるモノであるという事か・・・)」
オレは、彼が時折見せる皮肉の正体が、この世界を知る者として抱いた絶望である事に気がつく。
「そして、俺がこの世界に見る『夢』は、その《夢喰らい》の皇たる者と刃を交える事だ」
彼の口から出た『夢』という言葉に、オレは、深い意味がある事を感じる。
彼が世界に抱いた『絶望』を贖うモノ、それが『夢』の実現なのだと。
「さて、一応は負った務めも果たした事だし、ここら辺で俺は消えるとしよう。少年、お嬢さん、元気でな。では、さらば!」
「ちょっと、待って!」
立ち去ろうとする彼の背中を、彼女が呼び止める。
「まだ貴方の名前を聞いてないわ」
「おっと、それは失敬!・・・って、それはお互い様だ」
・・・確かに。
「まあ、良い。名乗るほどの者ではないが・・・」
・・・それは冗談かイヤミですか?
「オレは、リアト。通りすがりの《オーダー・キーパー》だ。で、そちらは?」
「私は、シィア。見た目通りの《魔司》です」
「オレは、エイシン。修行中の冒険者です」
其々が別れの時になって、初めて名乗り合うその奇縁に、オレ達は苦笑を浮かべた。
「エイシンか、それは良い名前だ。これも何かの縁、一つ面白い冒険者の話をしてやろう」
「ええ、是非」
そして、彼は、語り出した。
それは、彼曰く、『この世界で最も愚かなる冒険者の物語』。
その冒険者は、自らの身に魔導の素質を持たず、それ故に、魔導に対する耐性が皆無である事を他の冒険者より嘲られた。
しかし、彼には、その非力を補う二つの存在が在った。
その一つは、何者にも負けぬ強き意志。
そして、もう一つは、彼を常に支え続けたパートナーたる者。
彼は、戦士として唯ひたすらに剣の技のみを磨き上げ、終にはそれを極めるに至った。
その彼の戦い振りは、力への渇望に満ちたモノであった。
しかし、彼の戦いの意志は、《光と闇の争乱》に於いても、人間に向けられる事は無かった。
それは、彼が《神の武具を鍛え上げる者》と讃えられた伝説の名工・イルグオードより託された剣《ガーディアン・ブレード(守護する者の魂に似た刃)》に、力の意味を教えられたからであった。
その《ガーディアン・ブレード》を以って、邪神と呼ばれる存在を討ち倒した《神殺し》の偉業者。
荒ぶれる彼の戦い振りに与えられた異名は、《雷斬り》。
そして、その真の名は、雷聖。
後に、前人未到である全大地の踏破を以って、《マスター・オブ・LOD(ろど・冒険皇)》の英称を冠する『達成者』の一人である。
「彼のどこが『最も愚かなる冒険者』なんですか?」
オレは、語り終えた彼へと尋ねる。
「自ら、危険を冒して生きる存在の中で『皇』とまで呼ばれるまでに至った事。そして、未だに、自分をその最高の冒険者へと導いてくれた存在であるパートナーに、素直な感謝の想いすら告げられずに逃げ回っている事がその最たる理由だな」
彼は、そう応えて笑った。
「エイシン、この世界では、誰も自分一人では強くなれない。お前が本気で強くなりたいと望むのならば、時に共に戦う仲間であり、時に自分を磨く好敵手となるそんな存在を見つけることだな」
「如何して、それをオレに教えてくれるのですか?」
オレは、彼が手向ける餞別の言葉を受けて、それを尋ねずにはいられなかった。
「それは、先刻のお前と彼女の姿が、常に無謀を好んだその冒険者とそれを支えたパートナーの二人にどこか似ていたからだ」
そう語った一瞬、彼は、何かを懐かしむ様に微笑む。
「そうね、彼の言うとおりだわ、エイシン。皆、誰かと一緒になって強くなるモノよ。という訳で、この私が貴方の先生になって、貴方を最高の冒険者へと導いて上げましょう。光栄に想いなさい!」
「それは良い。男として責任とケジメをつける為にも、黙ってそれを受け入れておけ、エイシン」
シィアの言葉に賛同して愉快そうに笑うリアト。
その瞳が意地悪く『ご愁傷様』と語っているのをオレは見逃さなかった。
・・・このヒト、確信犯だ。
オレは、彼がこの展開になる事が分かっていて、件の話をした事に気がつく。
「そうそう、諦めなさい、エイシン」
「丁度、話しも纏まった事だし、君達の邪魔をするのも野暮なんで、俺は退散するとしよう。では、エイシン、シィア、さらばだ。良い、夢をみろよ!」
・・・否、話しが纏まるも何も、最初からオレに決定権は無かったんですが。
恨みがましく去り行く彼の背中を見詰めるオレの想いが届いたのか、直ぐにリアトが立ち止まり振り替える。
「そうだ、若し猫っぽい生き物が俺を探しに現れたら、俺は、二人の思い出の場所に居ると伝えてくれ、頼んだぞ。では、さらば!」
リアトは、無駄に爽やかな笑みを浮かべてそう言い残すと、今度こそ本当に去って行った。
疾風のように現れたリアトが、疾風のように消えた後、去り際に言い残した言葉の通りにそのヒト(?)は現れた。
真綿の如き純白の毛に、ケモノの耳を持つ亜人種。
愛嬌のある顔立ちから成るその容姿は、リアトが語ったそれが最も相応しかった。
・・・確かに、猫っぽい(納得)
「ごめんなさい、ここら辺で妙に剣の腕が立つ割に、どこかしまらない《剣皇(マスター・ファイター)》を見なかった?」
・・・言われてますよ、リアト(ぷぷっ!)
「リアトなら、先刻、あっちの方へ行きましたよ」
俺は、彼が去って行った方向を指差し応えた。
それに対し、一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた彼女(?)は、その表情を明らかな疑いの色に染めて俺を見詰める。
「嘘、ついてないわよね」
・・・いきなり、それは厳しいお言葉ですね。
その俺の想いが伝わったのか、彼女(?)の表情が少し和らいだ。
「彼が言っている事は本当です」
・・・シィア、ナイス・フォロー!
「そうよね、エンくん達じゃあるまいし、嘘ついて庇う事なんてしないわよね。でも、若し、嘘だったらお仕置きよ」
・・・あの、笑っていない目が、スゴく怖いんですけど(冷汗)
「いや、嘘も何も、彼から貴女(?)への伝言も預かっています」
「彼は何て?」
・・・まだ、何か疑ってますですか?
「えーと、二人の思い出の場所で待っているそうです」
・・・あれ、少し違う?
「確か、そんな感じで間違いなかったわ」
確認するように向けたオレの視線に気がついて、シィアは、思い出すように応える。
「うーん、『待っている』。これは、何かのワナ?『思い出の地』、それってどこよ?私を試す気かしら?うーん」
・・・『ワナ』、ですか、お二人は一体如何いう関係なんですか?
彼女(?)は、頭を抱えるようにしてうずくまり考え込む。
「あの、考えても分からないのならば、一刻も早く追いかけた方が良いのでは?」
シィアは彼女(?)の反応を見かねてそう提案する。
それを聞いた」彼女(?)は、突然、すくっと立ち上がった。
「そうね、貴女の言う通りだわ。ありがと!」
そう告げると、彼女(?)は猛然とした勢いで走り去って行った。
・・・捕獲が成功する事、陰ながら祈っております(合掌)。
「やっぱり、そうだ・・・」
消えた見えなくなった彼女(?)の姿を見詰めるようにしたままで、シィアがふと呟いた。
「?」
「《秩序の管理者・リアト》、彼こそが《雷斬りの雷聖》。そして、彼を追いかけて行ったのが、そのパートナーである雪華さんに間違いないわね」
シィアの言葉を聴いて、オレは、全てを納得する。
否、若しかしたら、それを聴くまでもなくオレは、その事を分かっていたのかも知れなかった。
その証拠に、オレの心には、彼の正体を知った事に対する驚きは微塵も存在していなかった。
これが、後々までオレという存在に、色々な意味で大きな影響をもたらす人間たちとの最初の出逢いであった。
『M・O・D+えふ~ある冒険者の災難~』 中編
「幾ら、猪みたいに襲い掛かって来たとはいえ、本気でやり過ぎたな」
口にしたその言葉とは裏腹に、男の表情に反省の色は無かった。
「まあ、自業自得だし、仕方が無いか」
男は、付け加えるように言って、快心の笑みを浮かべた。
・・・うわぁ、鬼畜。
「あっ、今、ヒトの事を『外道!』って、思っただろう?」
「(いえ、正確には『鬼畜』です)」
・・・なんて事は、口に出して言えないけれど。
ってな感じで無言の視線を返すオレに、男は、満面の笑みを浮かべ返した。
「言っておくが、彼女が俺に対してやった事に較べれば、俺が彼女に仕返した事なんて、『優しい』を通り越して『甘い』くらいだぞ」
・・・ああ、それなりに、自分のした事の自覚はあるのですね。
「あの助けて貰っておいて何ですが、流石に戦闘不能状態の失神はやり過ぎなのでは・・・?」
オレが思わず吐露してしまった言葉に、男の表情が一瞬にして和む。
内心で、『しまった』と後悔していたオレは、男の反応に正直面食らう。
「少年、君は、莫迦に近いお人好しだな」
尋ね返すまでも無く、オレには、それが褒め言葉である事が分かっていた。
「まあ、モノのついでという事で言っておこう。若しもオレが彼女の魔法から君を庇ってなければ、到底失神では済まない大惨事の犠牲者になっていたのは、君の方だぞ」
男は、そう語って愉快そうに笑った。
・・・否、そこ笑うトコじゃないんですが(苦笑)。
「ええ、それは良く分かっているのですが・・・」
「否、君は良く分かっていない。俺たちの使う戦技なら、時に手加減の入れようもあるが、魔導に情けや容赦は存在しないからな。多分」
・・・って、『多分』ですか。
「アレは、感情で動く生き物に与えるには、危険すぎる力だ。なのに、この『世界』を統べる《神》ってヤツはそれを理解していないみたいだな。全く、面倒な事だ」
・・・このヒト、《神》に対し、面と向かって文句を言ってるよ。
「それに、魔導師の中には、自分の操る力を誇る余り、傲慢に近い勘違いをしている人間も結構居るからな。戦士の端くれとして、『魔導、最強!戦技?何それ、脳ミソ筋肉のオマケ攻撃ですか?』とか思われるのも詰まらないから、究極の戦技による魔導回避ってモノを示してみたりしている訳よ」
「魔導師が嫌いなんですか?」
オレがそんな事を尋ねると、男は、考え込むように一瞬沈黙する。
「うーん、正確に言えば、嫌いなのは、魔導師ではなく、魔導の力の方かな。だって、『アレ』、反則に近いだろう?」
オレは、屈託の無い笑みで語られたその言葉の奥に、深い意味が存在している事を何となく感じる。
「まあ、俺は、『《神》の悪戯』ってヤツで、魔導耐性に欠しい体質をしている分、人一倍魔導に対する反発心が強いだけだけど」
・・・あれ、今、このヒト、何か引っかかる事を言わなかったか?
しかし、それが『何』なのか分からないので、取り敢えず俺は、もう一つの疑問を口にした。
「だから、あんな『奇跡』みたいな事が出来るようになったのですか?」
「起こり得る『可能性』の中で最良の結果に至るから、それは『奇跡』なんだ。俺が使っているのは、唯単に自分の技を極限まで究めただけのモノ。その気になれば、あれぐらい誰でも出来るようになる『必然』だよ」
「・・・マジですか?」
事無げに言ってのける男の言葉に、オレは、半信半疑で尋ね返した。
「ああ、必要なのは、その気になる気合いと根性だけだよ。まあ、格好の良い一言で言うならば、『真に抱いた想いは意志となり、その強き意志は全てを凌駕する』という事だな。この世界は、本気で強くなりたいと望めば、それが叶う場所だからな」
「正に『夢喰らい』ですね」
それが持つ意味を体現した存在を前にして、オレの口から自然とそんな言葉が零れ出た。
「俺の場合、他者の『夢』を喰らったというより、自分の弱さに涙を呑んだという方が正しいけれどな」
そう語る男の顔には、先刻の戦いに示した表情とは真逆の真摯に過ぎる笑みが浮かんでいた。
「オレでも、貴方のように強くなれますか?」
それは、それこそ本の少し前に邂逅しただけの相手に尋ねる事ではないことは分かっていた。
それでも、オレは、それを尋ねずにはいられなかった。
「ああ、君ならそれも叶うと思う。強くなければ優しくなれないし、優しくなければ強くなる意味は無い。強さの意味や求め得た力の使い方も人間それぞれだろうけど、本当に強くなる人間には、それだけの理由が在るモノだ」
「貴方にも、強くなる『理由』が在ったのですか?」
オレは、男が語る言葉に込められたモノに、純粋な興味を抱いて尋ねる。
「ああ、勿論。だが、少年、それを訊くのは野暮ってモノだ」
男は、少し照れたように笑い、そして、それを隠すように更なる言葉を続けた。
「それに、俺にとっての理由が、君にとっての理由になるモノでは無いだろう」
「確かに、そうですね」
指摘された事実にオレは、それを踏み込むべき事ではなかったと自覚する。
「助言、という訳ではないが、一つ良い事を教えてあげよう。この世界に於いて、多くの人間が知る所の所謂『達成者』についてだが、彼等とてそれ程に崇高と言える理由を以って、強くなった訳では無い。《マスター・オブ・マスター(至高の英皇)》の英称を関する者ですら、最初は唯のお気楽冒険者に過ぎなかったし、他の面々にしてもそれとそう大差があった訳でも無いな」
「でも、それなら何故、彼等は今に至る偉業を達成できたのですか?」
そこに結果へと及ぶ理由が無ければ、それが果たされる事は在り得ない。
だから、オレは、その『答え』の一端を問う。
「それは多分、純粋な莫迦に優るモノは無いという事だろう。俺が知る限り、彼等以上の純粋に莫迦な目的を求める変り種は、この世界には未だ現れていないからな。何よりも、この世界を統べる《神》こそが、そんな伊達や酔狂を一番に好む存在だから、それもまた必然なんだろうさ」
男は、そう言ってのけると愉快そうに笑った。
「貴方もその純粋なる愚者に連なる一人なのですか?」
「俺は、そんな格好の良いモノではなく、暇と退屈を何よりも厭う唯の物好きな人間というだけさ」
そんな『大嘘』をついて、男は、再び愉快そうに笑う。
『貴方は一体何者なのですか?』とは、何故か尋ねられなかった。
代わりにオレは、こう尋ねた。
「貴方は、何故、オレを『助けた』のですか?」
その問い掛けを聴いた男の表情が一瞬だけ真顔になる。
「言っただろう。俺は、唯の物好きだとな。気紛れだよ」
直ぐに軽い調子に戻って応える男の言葉には、微塵の嘘も存在していなかった。
「敢えて理由が要るならば、それは、この世界で強い相手と戦いたいと望んでいるからだ」
オレは、その大胆不敵な言葉を聴いても、不思議と不愉快には感じなかった。
それは多分、目の前に居るこの男が本気でそれを渇望しているからだろう。
その愛すべき愚望に対し、憧れにも似た想いを抱くオレの目の前で、すっかりその存在を忘れていた『ソレ』が目を覚ました。
「ちょっと!ちょっとぉ!貴方達、他者の頭上で何を男同士で良い雰囲気を醸し出してくれちゃっているのよぉ」
気絶から復活した女魔導師は、開口一番で微妙な発言をかます。
「おお、お目覚めですか、眠り姫!」
・・・ああ、貴方は、そんな火に油を注ぐような事を。
「・・・殺す!」
「おー怖い。助けて、剣士様!」
・・・否、無理です。実際。
「と、まあ、冗談はさて置き。先刻の一戦でまだ目が醒めないというのならば、今度こそ真面目に相手をする事になりますよ、お嬢さん」
・・・あのぉー、それって先刻のはまだ遊びアリのレベルだったという事ですか?
「・・・分かったわ」
・・・おー、退いた。
「でも、それとは別に、彼には責任と言うか,ケジメと言うかは、ちゃんと取って貰います。男としてね!」
・・・あのぉー、如何してそこで妙に紅くなるんですか?
「だそうだ、少年」
・・・そして、貴方は何故、そんなに楽しそうなんですか?
「そもそも、君らの痴話喧嘩の原因は何なんだ?」
『痴話喧嘩なんかじゃないです!』
・・・うわぁっ、ハモった!
「ああ、そう。それは妙な誤解をして済まない」
・・・全然、済まないなんて思っていませんね?
「いや、男と女が命懸けで剣と魔法の攻防を繰り広げる理由と言ったら、それぐらいしか思い至らなくてね」
・・・如何いう思考ですか、それ。というか、オレが一方的に攻撃されていただけなんですが(悲哀)。
「それで、何が如何して、彼に男の責任とかケジメが必要なのかな?」
・・・うぬぅ、その満面の笑顔が怖いんですけれど。
「それは、このケダモノがドサクサに紛れて私を押し倒した上に、私の・・・、私の・・・、唇を奪ったのよぉー!」
・・・そう参りましたか。というか、押し倒されて唇を奪われたのはオレの方です。
「ほうほう、それは災難だったねぇー」
・・・スミマセン。何故、今一瞬やり遂げた者の笑みを浮かべたのですか?
「でしょ!でしょ!その上、このケダモノは、責任も取らずに逃げ出そうとしたのよ!」
・・・それは誤解です。正しくは、身の危険を感じて思わず逃げただけです。ハイ!
「成る程、成る程。それは酷いねぇー」
・・・否、そんな風に納得されても困るのですが(涙)。
「で、少年、実際の所は如何なんだ?」
・・・おおー、その言葉を待っていました!
「確かに、事実も含まれていますが、全部誤解です。彼女から逃げようとした拍子につまずいてバランスを崩し、その結果、彼女を巻き込んでもつれる様な形で倒れて、それでその・・・、そんな状況に・・・」
「ああ、そうか、そうか。所謂、『事故チュー』ってヤツだな」
・・・そうです!その通りです!全ては運命の悪戯、事故だったのです!
「二人共、ごめんねぇ」
『???』
・・・うぬぅ?何故、何を、貴方が謝る?
「君たちのそれ、不純行為として《天罰》の対象なんだ」
・・・えーと、《天罰》ですか?
「・・・」
耳にしたその言葉の意味を理解できずに困惑するオレ。
それに対し、俺と同罪(?)となる彼女は、それまでの不遜な態度に反して、信じられない程に青ざめていた。
「少年はともかくとして、お嬢さん、君は流石に立場上、マズイでしょう、実際」
・・・スミマセン。全然、話に付いていけないんですけれど。
「・・・はい。その通りです」
「正直言って気の毒だとは思うけれど、こればっかりは仕方がないんだよな」
・・・あのぉー、《天罰》って何ですかぁー?
「少年、意味が分かってないな?」
・・・はい。
「そうか、ならば説明しよう!この世界には、その絶対的意志の存在である《神》によって定められた《真諦》と呼ばれる戒めがあってね。その中の一つに、『人の心を乱す不純なる器の接触を戒むべし』と定められている訳だ」
「・・・?」
・・・それは如何いう意味でしょうか?
「簡単に言えば、『他者の前でベタベタするな!』ということだな」
・・・うわぁ、スゴく分かりやすいです。って、あれ!?
「それって、まさか・・・?」
「ああ、今回の君たちも引っかかります」
・・・マジですか!
「だって、アレは明らかに事故じゃないですか!」
「ああ、そうだな」
・・・じゃ、セーフ?
「否、アウト!」
・・・お願いします。心を読まないで下さい。
「無理、君は思っている事が顔に出過ぎ」
・・・そうですか。
「まあ、それだけならば、唯の事故で片付くのだけれど、今回に至っては、それでは済まないんだよねぇ」
・・・そんな楽しそうにいわないで下さい。
「ごめん」
「?」
・・・今度は、貴女が何故、何を、謝るんですか?
「そうだね。君が悪い」
「はい。分かっています」
・・・オレには、さっぱり分からないのですが。
「了解、了解。少年、この世界の《神》はね、自分が《真諦》に定めた戒めを人々に護らせる存在として、《使徒》と呼ばれる代行者を選んだ。正確に言うとそれとは少し違うのだけれど、俺もその《使徒》と呼ばれる存在と同じ様な役目を与えられている訳だ。実際は不本意なんだけどな。それはさて置き、そこにいる彼女こそ、正真正銘の《使徒》だよ」
「えっ!?」
・・・マジ、ですか?
驚き思わず視線を向けたオレに、彼女は無言で頷いてそれを肯定する。
「で、ここで考え見てくれ、少年。《使徒》という特別な使命を与えられた存在である彼女が、果たすべき使命を負って現れた俺へと、感情に任せて問答無用の攻撃を仕掛けた。その事実の重さは如何ほどのモノだろうね」
・・・洒落では済みませんね。
「そして、少年。君は、知らなかったとはいえ、《天罰》に値する罪を犯し、その上、それを酌量して見逃そうとした俺の申し出を敢えて拒んだ訳だ」
・・・えっ、そんな(ヒドイ)。
「ああ、そうだ、少年。君には、もう一つ罪が在ったな」
・・・えーと、何ですか?
「君は、彼女の攻撃から身を呈し庇ってまで事態の収拾に努めた俺に対し、礼を言うどころか『外道!』とか思ってくれてたな」
・・・否、正確には『鬼畜』です。
「ああ、そうそう、『鬼畜』だったな」
・・・心で思った分までカウントされても、ねぇ。
「否、俺個人としては、別に君らの事を咎めようなんて思ってはいないんだがなぁ。ここで安易に見逃して、こっちに面倒が転がり込んでも厄介だしなぁ。という事で、俺の幸せの為にも取り敢えず、君たち二人には大人しく消えて貰うとしようかな。本当に、ごめんねぇ」
・・・否、そんな風に、楽しそうに言われても全然、説得力がないのですが。
「じゃ、始めようか」
事無げに言って、男は、手にした長剣を構える。
「(こうなれば、もう覚悟を決めるしかないのかな)」
オレは、妙に悟って得物である剣を鞘から抜き放った。
「遣らなきゃ、遣られるだけです。犯した罪が消せないのならば、贖う事を選ぶより生きる事を求めるべきじゃないですか?」
・・・我ながら、何とも大それた事を言っているのだろうね。全く。
しかし、それでも少しは意味があったみたいで、同じ罪を負った彼女も覚悟を決めて頷いた。
「私の魔法で彼の動きを出来る限り止める。彼を倒す役目は貴方に任せたわよ!」
「了解!」
そんな遣り取りを交わして、オレと彼女は互いに不敵な笑みを浮かべ合う。
正直、倒せる可能性は皆無に近い。
それでも、それが零ではないならば、それに賭けてみるのも良い。
そんな想いがオレに勇気の決断をさせたのだろう。
「(これで勝てたら、正に『奇跡』だな)」
・・・『可能性』に『奇跡』か、ならばその先に在るのは、『最良』か、或いは『必然』のどちらかなのだろうか?
「(倒すべき相手の言葉に縋るとは、本当、オレも全く以って情けないな)」
「覚悟も決まったみたいだし、そろそろ行くぞ!」
・・・いやはや、何ともニクらしいヒトだよ。貴方は!
「そうはさせないわよ!」
言い放つと同時に、彼女が発動させた魔導の力が解き放たれる。
そして、オレは、迷う事無く動いた。
「フッ、甘いな!」
短く言って横薙ぎに振るわれた長剣によって、彼女が放った攻撃魔法が相殺される。
これは、オレと彼女にとって予測の範疇にあり、そして、作戦の成功を意味していた。
「貰った!」
オレは、男が柄を絞って振るう長剣を止めるその隙を狙って、決着となる快心の一撃を振り下ろす。
『《霧氷月華》!』
オレの攻撃がその身体を捉えた刹那、その《力持つ真名》を示す声と共に、男の身体は剣氣の残滓である燐光のみを残し掻き消える。
そして、次の瞬間、背後を取った男の長剣によってオレの身体が刺し貫かれる、・・・筈だった。
・・・えぇっ?
ふぁはっはっはぁー!
オレが、恐る恐る振り返った時、男がそれまで必死に抑えていたのであろう爆笑をあげる。
意味が分からず唖然とするオレと彼女を前に、男は、更に笑い続けていた。
『M・O・D+えふ~ある冒険者の災難~』 上編
ズッドォーン!
爆発に舞い散る土煙の中、オレと彼女は出会った。
・・・と言うか、
「こんなトコロで、ザコ相手に高位ランクの攻撃魔法なんてブチかますな!」
オレは、爆炎の熱に焼ける肺の痛みに不快を隠せず、その原因である女魔導師へとそう言い放った。
「おっほっほーっ!《魔司(ルーン・マスター)》たる者、何時如何なるときにも敵に対しては全力を尽くして臨むものよ」
「はいはい、そうですか・・・。(全くもって不可解な・・・。無駄な魔力の消費を美徳とするとは、魔法使い、恐るべし)」
オレは、相手の返答に呆れる事すら疲れるような気がして、適当な返事で答える。
理解できないモノに対しては、無理して理解しようとしない事、これがオレのこの世界に於ける処世術の要である。
「余り派手な魔法を使われると周囲にも迷惑なので、以後は気をつけてください。では、そういう事でさようなら」
オレは、無駄なトラブルを起こさぬ最低限の気遣いを発揮して、大人しくその場を去る事にした。
『世界の混迷に惑わされる事無く、自分自身を生き抜け』
世界を創りし者は、その『託宣』の言葉を以って、世界に在る全ての存在に、『絶対の自由』を許した。
それは《秩序の光》と《力威の闇》と呼ばれた二つの相反する意志が争い、そして、《光と闇を征する英皇》と呼ばれる『達成者』によって、世界が統べられてより十数年の歳月が経ったある日の出来事であった。
与えられた『絶対の自由』を受け入れ、この新たなる『世界』に生きる事を選んだ人々は、自らの抱いた想いや意志を叶えることを絶対の宿命として背負った。
故に、人々は自らと自らの生きる世界をこう呼ぶ。
『マスター・オブ・ドリームズ(夢喰らい)』と。
『他者の抱く夢を喰らい潰してでも、自らの夢を貫き叶えよ』
その許された『絶対なる自由』は、『夢』という名の『欲望』を人々に求めた。
それは、平穏な日々に退屈していた人々にとって、歓喜の福音であり、世界に多くの冒険者と呼ばれる存在を生み出した。
『冒険者』、その言葉の通り、力を求めて自らに危険を冒す者。
そして、この世界には、彼等を相手にして、自らの『欲望』である『夢』の実現を求め生きる人々もまた存在していた。
その昔に起きた《光》と《闇》の争乱は、冒険者同士の些細な諍いが始まりの原因だったらしい。
オレは、自分がそんな馬鹿げた事の発端になるのも嫌なので、他者と揉めそうな時には、常に自分が退く事を選んできた。
そして、それは今回もまた同じだ。
そう何時もならそれで終わるはずだった。
しかし、今回ばかりは相手が少し悪かったみたいだった。
「ちょっと、貴方、待ちなさいよ!」
「(ちっ、呼び止められた)」
オレは、心の中で軽く舌打ちをする。
ここで聞こえない振りをして、そのまま去ったとしても、略確実に着いて来られて、無視しただの言われ、何かしらの攻撃をされる可能性が高い。
オレは、仕方が無いので立ち止まり、相手の方へと振り返った。
「えーと、何でしょうか?」
・・・まさか自分の方が加害者なのに、難癖を付けて慰謝料とかふんだくる気じゃないよな。
「『何でしょうか?』じゃないわよ」
「(ほーら、来た。一体、どんな言い掛かりを吐けるつもりだ)」
予想通りの展開に、オレは、内心うんざりな気分になる。
「私がわざわざ振ったナイスなボケに、あんな気の抜けたツッコミを返すなんて如何いった了見よ!」
「(そう来ましたか。イヤハヤ、春も近いし変な人間が出始めたか・・・)」
オレの脳ミソは、最早、返す言葉の糸口も見つける気になれないでいた。
「ちょっと、ちょっとぉ! 黙りこくっちゃって、何、私を放置しているのよ!」
・・・うーん、どうやら余りの出来事に、オレの脳ミソは、数秒間フリーズしていたみたいである。
「スミマセン、そんなダメダメな自分を改めるべく修行の旅に出ます。どうか探さないでください。では、そういう事でさらば!」
『三十六計逃げるにしかず』、オレは、古の先人が残した名言に従い、その場から逃げ出した。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
・・・ちっ!
敵も然る者で、簡単には見逃してくれないようだった。
しかし、何処の世の中に待てと言われて素直に待つ人間が居るモノか、否、居ない(反語)。
という訳で、オレは、逃げるウサギも真っ青の瞬発力を以って敵を振り切るべく走り出す。
目指すは、眼前に広がるあの雑木林だ!
「ふっふっふっ、勝った・・・!」
オレが背後へと消えた敵の気配に、自らの勝利を確信した時、『それ』は起こった。
ずっどぉーん!!
先刻経験した爆発をはるかに凌ぐ威力の爆炎がオレの目の前に在った林を焦土に変えた。
雑木林だったその焼け野原から燻る噴煙を吸って、オレは、咳き込む。
・・・マジ、死にますって、それ(恐涙)。
その洒落にならない人災をもたらしたのは、言うまでも無くあの女魔導師である。
恐怖に慄くオレの脳裏に、ある事柄が思い出される。
それは、《光》と《闇》の争乱の時代に活躍し、今尚、多くの人間から最強と讃えられる存在である伝説の冒険者が、それまでに倒して来た何百何千の魔物達より、自分のパートナーである一人の魔導師を恐れていたという噂だ。
オレは、それを聞いて不思議に思っていた。
しかし、今なら痛いほどに分かります。
心の中でちょっぴり笑った事も猛省します。
『アレ』は確かに危険です。
否、危険過ぎます。
今直ぐ、災害認定して、何処か安全な場所に隔離してください。
「捕まえた!」
「(げっ!)」
恐怖に逃避していたオレの意識は、一瞬にして現実に引き戻される。
背後へと振り返ったオレの視線の先には、快心の笑みを浮かべる彼女の姿が在った。
「貴方がいきなり走り出すから、思わず攻撃魔法を使っちゃったけれど、少しやり過ぎちゃったかな」
「(・・・『これ』が貴女にとっては、『少し』のレベルなんですか!?)」
オレは、恐ろしくて到底口には出せないツッコミを心の中で入れる。
「それにしても、キミ、凄く足が速いね。もう少しで、本当に当たっちゃうトコロだったわ」
・・・否、そんな軽いノリで言い表せる出来事ではないんですけど(冷汗)
「大丈夫?怪我とか無かった・・・?」
それは恐らく本当にオレの事を気に掛けての言葉だったのだろう。
しかし、恐怖に捉われていたオレは、情け無い事にその言葉と共に差し出された彼女の手の動きに思わず身を引いてしまった。
そして、更についてない事にオレの足元には、つまずくのに最適な大きさの石が転がっていた。
「えっ!?」
踵に感じた固い感触に驚きの声を洩らして、オレの身体が後ろへと倒れる。
「危ない!」
彼女は、そう叫ぶと伸ばした手で、空を泳ぐオレの腕を掴んだ。
両者の体格と体勢の結果、オレと彼女はもつれる様にして、そのまま地面へと倒れ込んだ。
ブチューっ!
「うひゃっ・・・?」
オレは、顔面に受けた衝撃と、その奇妙な感触を伴う痛みに、やや情けのない声を洩らしながら、反射的に閉じていた瞼を開く。
遮られていた視界が開かれた時、そこには、上天に広がる澄んだ青空とドアップになった彼女の顔があった。
「(・・・このヒト、良く観るとかなりの美人なんだな)」
我ながら、何とも呑気な事を考えているオレ。
そのオレの顔を無言で見詰めていた彼女の表情が、みるみるうちに朱へと染まっていく。
「・・・よくも、乙女の唇を奪ってくれたわね!このケダモノ!!」
オレの本能は、彼女が口にしたその言葉の意味を理解するより先に、危険を感じ取る。
そして、それから逃れる為に、圧し掛かるように自分の上に乗っかっていた彼女の身体を押し退けた。
「きゃっ!」
短い悲鳴を上げて尻餅をつく彼女の姿を目の当たりにして、オレは、乱暴にし過ぎたかと焦る。
しかし、その情けが仇となった。
魔導発動呪文である《力導く言葉》の詠唱を終えた彼女の意思に従い、その手に握られた杖へと宿った魔力の輝きに、オレは驚愕する。
「(このオンナ、本気で、オレを殺るつもりだ!)」
・・・マズイ、冗談抜きでマジにヤバイ。
オレは、逃れる事の叶わない死を予感する。
そして、彼女は、非情にもその予感を実現させようと力を解放した。
「(嗚呼、短く儚き我が人生よ・・・)うぬぅ?」
迫り来る魔力の奔流を前に、最早これまでと覚悟するオレの視界を、突然現れた何かが遮る。
『《軍神烈波斬・改》っ!!』
その男は、気合いを込めて振り放つ刃で、魔力の波を斬り裂いた。
否、正確に言うならば、それは、剣に宿した氣をぶつける事で、相手の魔力を相殺する技であった。
「大丈夫か?」
救いの主である男は、油断無い眼差しで彼の女魔導師を見詰めながら、オレへと、その無事を尋ねる。
「ええ、生命だけは何とか在るみたいです。でも、ちょっぴし漏らしちゃったかも・・・」
「そんな冗談が言えるくらいなら、平気だな」
・・・否、冗談ではないのですが。
とは、余りにも情けなくて口に出せないので、取り敢えず苦笑だけ返しておく。
「助かりました・・・」
「・・・否、それを言うのは、まだ少し早いみたいだ」
気を取り直してお礼の一つでも言わなくてとするオレの言葉を遮り、男は苦笑混じりに呟く。
事の中心である彼女へと視線を向けたオレは、嫌でもその言葉の意味を理解する。
「うわぁ、凄く怒っている!」
「みたいだな」
思わず洩らしたオレの言葉に応える男の眼差しが、戦いの意志に引き締められ鋭く冴えた。
だが、男の瞳には、まるでこの状況を楽しむような色が存在していた。
「ここは、俺に任せて逃げろ」
・・・何ともありがたい言葉。
しかし、それに甘える訳には行かなかった。
「不本意ですが、オレにも原因の一端は在ります。だから、簡単に逃げる訳には行きません。(本当は、直ぐにでも逃げたいけれど・・・)」
・・・嗚呼、マジに葛藤。
「ちょっと、貴方!何者かは知らないけれど、私の邪魔をするのなら、只では置かないわよ」
息巻く女魔導師の恫喝を受けて、男の眼差しに狂暴な色が宿る。
「『只では置かない』とは、随分と言ってくれるじゃないか。面白い、こっちも本気で相手をしてやる。御託は無用だ。さっさと掛かって来い!」
男は、相手の言葉尻を反芻して、好戦的な挑発をぶつけた。
「本当に、煩いハエね。いいわ、お望み通りに追い払ってあげるわ。覚悟しなさい!」
挑発に応えていきり立つ女魔導師。
彼女の手に握られた杖に、魔力の輝きが満ちる。
「少年、俺が動くと同時に、全速力で左右のどちらかに走れ。分かったな?」
男が口にしたその言葉に、オレは、無言で頷いた。
「行くぞ!」
それは、オレと女魔導師の両方に対し向けられた言葉であった。
それと同時にオレは左に、そして、男は前へと動く。
「自分から突っ込んで来るとは、大莫迦ね!」
女魔導師は、言い放ち、自分の勝利を確信した笑みを浮かべる。
剣士が魔導師と戦う際のセオリーは、相手の魔導が発動する前に攻撃を加える事。
それに従うのならば、男の行為は自殺行為に近かった。
先刻の相殺技で防ごうにも、余りに間合いを詰めすぎていた。
しかし、男は、不敵に笑って言い放つ。
「莫迦は、相手の力量も分からずに、喧嘩を売ったお前の方だ!」
完成され、その魔力の波で全てを飲み込む彼女の攻撃魔法を前に、男は、微塵の恐れも無く突進する。
そして、正に神速と呼ぶに相応しき動きで、戦いの場を支配していた魔力フィールドを突き抜けた。
・・・発動した魔導よりも早く、動いた!?
それを一言でいうならば、『奇跡』という言葉以外、見付からなかった。
「・・・嘘、在り得ない!」
彼女の表情に怯えの感情が浮かぶ。
「フッ、現実だ!」
それに対し男は、傲慢に過ぎる勝利の笑みを浮かべて宣言する。
『《インテグラル・フレア》っ!』
その《力持つ真名》に違わぬ峻烈な閃光を放ち、男の刃が彼女へと振り下ろされる。
オレは、眩しさに耐え切れず、瞳を閉じた。